マッチ箱の絵柄と子供に注意
スウェーデンは「スウェーデン式 安全マッチ」を発明し売り出したことにより、世界一のマッチの生産国ですが、スウェーデンのマッチ箱の絵柄といえば、SWEDISH MATCH のシンボルマーク「☆3つ」もとい「3つの星」、または男の子と太陽の SOLSTICKAN。
![]() ところで、この SOLSTICKAN とは、マッチの商標やメーカー名ではなく、子供やお年寄りのための財団です。1936年に設立され、この箱のマッチの売り上げの一部が財団に寄付されます。 このデザインは、Einar Nerman が自分の息子をモデルに、財団のために描いたもの。 こちらは、スウェーデンの小さな通りで、よく見られる看板。 LEKANDE BARN (子供が遊んでいます)と、注意を促すものですが、この子供たちのモチーフ、スウェーデン人なら誰もが知っている、親しみのある人物たち。 ![]() 一番左の太陽と男の子は、SOLSTICKAN の絵柄ですね。 真ん中は、リッランと猫 Kattresan。 そして右で踊っているのは、そう、長くつ下のピッピ Pippi です。 |
ピッピのイラストレーター Ingrid Vang-Nyman
『長くつ下のピッピ (Pippi Långstrump) 』の挿絵は、国によってイラストレーターが違うんですね。 各国それぞれ、いろーんなピッピがいます。 (どれもお国柄やイラストレーターによる個性があってよいけれど、最悪なのはアニメ版。)
でも、スウェーデンでは、最初から変わらず、このピッピです。
「スウェーデンのピッピはブサイクでかわいくなーい」と言う人がいたけど、そんなことなーいよ。 私は イングリッド・ニイマン のヘタウマっぽいイラストが、好き。 綺麗っていうじゃない、独特なかわいらしさがあって、ピッピのダイナミックさと合っていると思います。 イラストを手がけた Ingrid Vang-Nyman は、ピッピだけでなく、「カイサ」や「やかまし村」など、初期のリンドグレーン作品の数々を手がけました。 その後、Ilon Wikland がリンドグレーン作品の挿絵を描くようになり、「カイサ」や「やかまし村」も、イーロン・ヴィークランドのイラストの方が馴染みがあるかも。 しかしピッピだけは、Ingrid Vang-Nyman によるキャラクターです。 Ingrid Vang-Nyman は、1916年生まれのデンマーク人イラストレーター。 コペンハーゲンで美術を学びます。 1943年に、離婚した彼女は幼い息子を連れ、スウェーデンのストックホルムに移り住みます。 「ピッピ」出版の1945年より前に、すでにイラストレーターとして活躍していました。 しかし彼女の独創性あふれるイラストを理解する人は少なく、低く評価されがち。 報酬も少ないものでした。 次第に、経済的に苦境に陥ることになり、心身共に病み、1959年のルシアの日(12月13日)自ら命を絶ちます。 ええっ〜、そんな・・・ 彼女のイラストとは裏腹の悲劇的な人生。 しかも、今でも彼女のイラストは残り、絵本のほかグッズも多く販売されているのに。 生前認められなかった芸術家だったなんて。 Ingrid Vang-Nyman によるイラストの絵本、買おうかどうしようか、本屋に行くたび立ち見していたのを、セカンドハンドのお店で、10krで見つけました! ![]() 女の子が種を撒き、野菜を育てる様子を、韻を踏んだ文章で語る、大人が声を出して読んでも楽しい絵本です。 ![]() いっけん単純そうな絵柄ですが、野菜や小物や服が、けっこう細かいのです。 昔の絵だけど古っぽくないし、かと言って今の時代とも違う雰囲気を持っているのが、私にとって魅力的。 明快な色合いも目をひきます。 今年(2007年)のスウェーデンのクリスマス切手、アストリッド・リンドグレーン生誕100年を記念し、彼女の本の挿絵からのデザイン。 (ただし、スウェーデン国内用だけ・・・) ![]() こちらは、ペパカカ(ジンジャーブレッド)を作るピッピです。 |
Findus & Sven Nordqvist
ブックフェアにて、私のために、いろいろお土産を探してくれた夫。 カバンから取り出したのを見て、思わず悲鳴をあげたのは、大好きなスウェーデンの絵本 Pettson och Findus シリーズの、ねこの Findus (フィンドゥス、日本語訳ではフィンダスとされていたようですが・・・)グッズ。 Findus は、見ているだけで気絶するほどカワイイ、私のアイドルです。
Findus が大きく一面に描かれたプラスチックバック。 この大きさ(約40cm四方)が、嬉しーい! もう、ほお擦りして静電気を起こしたくなるくらい、Findus が、かわいいー!! ![]() こちらもプラスチックバック。 上記のバックとほぼ同じ大きさ。 ああ〜ん、口を開けた Findus も、かわいいーー! このバックは、目の前の壁に掛けて飾ってあります。 ![]() 次に取り出したのは、なんと Findus の絵本! (この画像は、ドイツ語版です。)
そして、表紙を開けると、そこには・・・ Findus の生みの親である、Sven Nordqvist のサインが! しかも、私の名前も入ってる!! ![]() ええっ〜、どぉおしたのおぉおお、これぇええぇぇ〜〜!? 「ブックフェア会場を歩いていたら、Sven Nordqvist がいたんだよ。 新作の絵本を発表したばかりで、出版社からプロモーションのため、連れてこられたらしい。 絵本を買った人たちにサインをしたり、握手をしたりするのに、ちょっと辟易している様子だった」 「それで、人が引けたときに、話しかけてみたんだ。 会場は乾燥して、人込みで空気も悪く、喉の調子が悪そうだったので、ヴィクス(のど飴)を差し出したら喜んで。 それから、他愛ない、ごくごく日常的な会話をした。 彼に接する人たちは、ヘンに気を使ったり、熱狂的になったりするので疲れていたようで、普通の会話ができるのが嬉しかったみたい。 とても機嫌良く話してくれたよ。 Sven Nordqvist は、思ったよりおじいちゃん、歳を取っていたので、ちょっとビックリ」 「私の妻が Findus の大ファンなんですよー、と言ったら、この本は持っているかい? と、そこに積んであった Findus の絵本を手にしたので、持ってないです、と言うと、じゃあ、これを奥さんにって、サインしてくれたんだ」 夫の話を聞きながら、Sven Nordqvist 氏のサインを見ていると、信じられないような夢心地。 私のためにサインをした絵本をプレゼントしてくださるなんて。 うわぁ〜。 Sven Nordqvist さん、ありがとうございます。 そしてAちゃん、どうもありがとう! この絵本とサインは、私の宝物です。 |
Swedish Folk Tales illustrated by John Bauer
夫が持っていた、「John Bauers Sagovärld (ジョン・バウアーのお話世界)」
![]() 毎年クリスマスになると、美しい挿絵が付いた、スウェーデンの昔話の本が発行されていたそうですが、なかでも一番人気はジョン・バウアーのイラスト。 この本は、1966年、Elsa Olenius により、それらの挿絵とお話、その他のジョン・バウアーのイラストを集め、編集された本の再版。 残念ながら、紙の質や印刷はあまり良くありません。 (1987年に、当時東ドイツだった Leipzig で印刷されたもの。 製本はしっかりしています。) でもジョン・バウアーの美しく神秘的な絵の数々と、エルサ・ベスコフをはじめ、スウェーデンの作家が執筆した民話は、じゅうぶん楽しめます。 (絵と文で200ページ以上。) ジョン・バウアーの繊細で幻想的なイラストを見ていると、時間がたつのも、今自分がどの世界にいるのかも、忘れてしまいそう。 下のイラストは、暗く淡い色彩が多いジョン・バウアーの絵の中で、ずいぶんはっきり、すっきりした色合いで、目を引きました。 なによりも、スウェーデンの自然以外なにものでもない、この風景! ジョン・バウアーは、スウェーデンの自然や空気、御伽噺の人物を、見事に描いた画家です。 ![]() ジョン・バウアーが、幼い息子のために描いた絵には、1917年クリスマス、という日付が・・・ それは、バウアー一家が乗った船が沈没する年の、一年前のクリスマス。 ![]() ほとんどの絵は、ページ全体、あるいは3/4を占めるカラー絵ですが、小さな白黒のイラストも、また味わいがあります。 ![]() "Swedish Folk Tales illustrated by John Bauer” という本が、エジンバラの出版社から、英訳で出ています。 内容的には、ジョン・バウアーのイラストとスウェーデンの民話で構成され、”John Bauers Sagovärld” とほぼ同じですが、こちらの本に載ってないイラストもあり、豪華。
関連ページ 『John Bauer (スウェーデンの画家、イラストレーター)』 |
John Bauer (スウェーデンの画家、イラストレーター)
壁に掛かっているのは、義母から譲り受けた(なんでも貰う私)、ジョン・バウアーの絵。 義母はジョン・バウアーのイラストが好きで、この額は、彼の絵を飾るため、わざわざ特注して作らせたそう。 (絵自体は印刷されたものなので、価値はありませんが、この額縁の方が価値あるかも!?)
![]() John Bauer (英語読みだと、ジョン・バウアー。 日本語でもそう表記されることが多いですが、スウェーデン語読みは、John が、ジョンではなく、「ヨン」という発音になります)は、スウェーデンを代表する画家であり、イラストレーターとして数多くの挿絵を手がけました。 1882年、スウェーデンの Jönköping (イィエンシェピング)生まれですが、父親は南ドイツ出身、母親はスウェーデン人。 (だからドイツ系の名前なんですね。) Jönköping は、ストックホルムとスウェーデン南端の間の、真ん中あたりに位置し、スウェーデンで2番目に大きな湖、Vättern のほとりにある町です。 スウェーデンの自然を愛した彼は、早くから絵の才能を発揮し、ストックホルムのロイヤル美術アカデミーで絵の勉強をしました。 本の挿絵、特にスウェーデンの民話などを手がけたものが成功し、有名に。 彼の幻想的で繊細な絵柄は、御伽噺を引き立てます。 本の挿絵画家としてでなく、もっと大きな作品を手がけたいという野望を持っていた、ジョン・バウアーですが、その夢は叶いませんでした。 1918年、バウアー35歳のとき、妻と2歳の息子と共に乗った船が、Vättern湖に沈み、誰一人助からなかったのです。 この絵は、ジョン・バウアーの作品の中でも、有名なもの。 ”Princess Tuvstar” (1913年) ![]() 彼が描く、御伽噺のお姫様のモデルは、彼の妻、Esther Ellquist であったそうです。 Esther とバウアーは、ストックホルムの学校で出会い、共に絵を学んだ仲でした。 |



























